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『 尾崎豊が目指したものは 『 絶対の愛 』 と 『 絶対の自由 』 だった。しかし現実社会では、愛とは与えるもので、自由とは他者から奪うことの方が多く、両者は成立しにくい反対概念であるということに、尾崎豊は成長するにつれて気づいていった。 』 愛というかたちのないものを強く信じ、歌い続けた尾崎豊。その純粋な感性の原点は、2歳の頃、母親に読み聞かされた絵本、『難破船の少年』という物語だったという。 【難破船の少年】 あらすじ 「この物語は死を選んで少女を助けた少年の愛と、愛によって助けられた少女の悲哀を僕の心に刻み込んだ」 と後に尾崎豊は語っている。当時2歳の尾崎豊がうけたこの衝動が、『利他の愛』 『自己犠牲の精神』 という彼の生涯の感性の基盤になったといえるだろう。 しかし、尾崎豊自身、真っすぐに愛すること、『真実』を探し歌いつづけることは、大人になるほど苦しくなっていくと自覚していく。尾崎豊の最後のアルバム『放熱への証』の収録曲『贖罪(しょくざい)』で彼はこう歌っている。 『 すこしづつ言葉を無くしていく僕がいる
僕は知っていた これが僕の暮らしだと 』 |